百人一首1 秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣では 露にぬれつつ

百人一首(Wikipediaより)
今回は百人一首の最初の2首、天智天皇と持統天皇のものを紹介します。どちらも天皇な上に、日本史でも馴染みの深い人物ですので、歌を暗記している人も多いのではないでしょうか。

秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣では 露にぬれつつ
天智天皇
春すぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山
持統天皇




内容
まず、簡単に内容を説明しますと、天智天皇の歌は「秋に田んぼで稲刈りをしていたけど、休憩の小屋も粗末なものなので、私の服も濡れてしまった」というものです。本当に、そんなところで稲刈りをしていたかどうかはさておき、律令国家の成立を目指した革命家の天智天皇にとっては、庶民の生活を理解している聖人であることをアピールしたかったのでしょう。
一方、天智天皇の娘持統天皇の歌は、「夏になると真っ白な衣を干すといわれている香具山に衣が干されているらしいので、もう春も過ぎて夏が来たのだぁ」という季節の移り変わりをテーマにした歌になります。
藤原定家の歌と比べるまでもなく、非常に素朴で複雑な技法を用いていないことがわかります。

律令国家の誕生と日本国の期限
この2首はいずれも万葉集に収録されたものが百人一首に採用されています。万葉集には天智天皇より以前の天皇の歌も衆力されています。にもかかわらず、なぜ天智天皇が最初だったのでしょうか?この謎のヒントが一番最後の2首に隠れていると考えています。百人一首の99番目と100番目は後鳥羽院、順徳院の親子で終わっています。彼らは定家が生きた時代の天皇であるとともに、承久の乱に負けたことで、関東武士が権力の中心になった時代の天皇でもあります。
一方で、ここであげた最初の2首は同じく天皇親子による歌になっており、面白い対象性が見られます。百人一首の一つの物語として描くとき、天智・持統天皇に始まり、後鳥羽・順徳院に終わる範囲こそ、定家が認識していた歴史の範囲であるのではないでしょうか。
僕が学制時代に日本史を学んだ際には、およそ推古朝のあたり、すなわち聖徳太子が生まれた時代あたりからが、史前時代と歴史時代の分け目のようになっていました。この感覚が定家とは異なっていたのではないかと考えています。現代では聖徳太子を非常に重要視していますが、それは江戸時代以降の尊王思想から発生したものなのではないでしょうか。
歴史を理解する上で重要なものとして、『歴史書』の存在があげられます。中国の『史記』に代表されるように、歴代王朝は一つ前の時代を歴史書として体系化して資料化しました。日本での最初の歴史書は『日本書紀』となります。実は、それ以前にも歴史書として『天皇記』や『国記』といったものが存在していたらしいと言われていますが、これらは645年に中大兄皇子が蘇我入鹿を暗殺した乙支の変によって、すべて失われてしまいました。ですので、現代においても定家の時代においても『日本書紀』の内容を評価するための、他の資料は存在していませんでした。ところが、この日本書紀は、とてもではないですが歴史書としてそのまま採用できるものではありませんでした。多くの伝説や矛盾を含んでいて、学術的な書物ではなく建国物語のようなものでした。ですので、日本書紀の内容は歴史というよりも昔話のような認識をされていのではないでしょうか。
この日本書紀は舎人親王の編集によって720年に完成しました。舎人親王は天智天皇の孫であり、持統天皇にとっては甥であり、義理の息子でもある関係です。舎人親王が生まれたのは676年で、生まれた当時には既に天智天皇は崩御しています。つまり、日本書紀に出てくる天皇で、舎人親王が知っていたのは父親である天武天皇と義理の母親の持統天皇の2名しかいません。しかしながら、天智天皇による律令国家の建設以降は歴史書を作るということも意識していましたので、日本書紀を作成するのに必要な史料類もきちんと残っていたのではないでしょうか。
つまり、日本書紀が歴史書として意味をなすのは天智天皇以降のことであり、大化の改新以降をもって日本国が出来たのだと定家は認識していたのではないでしょうか。そう考えると、日本という国は「いつ出来たのか」という課題のある世界的にきわめて面白い歴史を持っているなと再認識させられます。

今回のおすすめ
今回のおすすめ書籍は、そんな天智天皇の治世を舞台にしたマンガです。『火の鳥』は手塚治虫の名作ですので、改めて説明する間でもありませんが、中でもこの太陽編は一番の傑作だと思っています。壬申の乱を舞台に犬の面を被った犬上宿弥の活躍を描いています。







もう一冊は、現在ビッグコミックで連載されている『天智と天武』です。こちらでは後の天武天皇となる大海人皇子が主人公です。大化の改新を舞台に大胆な歴史解釈と、それを滑稽と思わせない史実に忠実なストーリーとのバランスが見ものです。






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