露寇事件と鎖国について


録画しておいた「さかのぼり日本史」を見ました。
今月のテーマは「天下泰平の礎」でした。
10月に放送したやつの再放送でしたが
僕が、この番組に気付いたのが
11月だったので、楽しく見れました。

この番組は非常にユニークでして、
現代から順に毎週時代をさかのぼるのですが
たださかのぼるのではなくて
毎月テーマを決めてさかのぼります。

今月のテーマは江戸時代を
天下泰平を軸にさかのぼっていきます。
初回の今週は「露寇事件」でした。

僕の不勉強ながら「露寇事件」
という事件があったことすら知らず
実はペリー来航よりも50年も前に
日本に開国か鎖国かの議論があった事
それ自体が初耳だったので
非常に興味のある内容でした。

一番おもしろかったのが
「鎖国」という言葉自体が
この時期に生まれたという事でした。

それまでの日本人は自分たちが
鎖国しているという認識は無かったのですね。

で、確かに寛永期の一連の鎖国令を
もう一度振り返ってみると
明確に鎖国をするぞ
っていう通達は無いんですよね。

寛永期の鎖国令って基本的に

・日本人の海外渡航の禁止

・キリスト教の禁止
    ⇒布教と交易がセットとなっている
      スペイン、ポルトガルと国交断絶

・幕府に因る貿易の統制
    ⇒貿易を出島に限定する
      貿易主体は基本的に幕府に限る

っていう3つの観点だけなんです。
だから、別にオランダと中国以外も
交易しようとすれば出来たわけです。

じゃあ何で他のヨーロッパ諸国が来なかったか
と言えば、単純に来る気が無かった
ってだけなんですよね。

この時代にヨーロッパの国が
わざわざ長距離を移動してまで
日本に来るメリットって殆ど無くて
別に東洋と交易がしたければ
中国で事足りたわけです。

今まで相手にされていなかっただけなのに
「鎖国しているんだ!攘夷だ!」
っていう主張をするのってよくよく考えてみれば
なんだかかなり恥ずかしいですね。

まるでモテない男が
「彼女とか作る気ないし、面倒だし」
とかって強がっているような感じです。

しかし、よくよく考えると
ペリー来航までの外国船の動向って
あまり知らないところなので
これを機会に調べてみようと思います。

0 件のコメント:

コメントを投稿